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2018年3月6日更新!

楽に学ぼう! 子どももおとなも!

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学校へ行かずに同志社大学合格〓〜学校に行かなくなると勉強が遅れる?〜 (火, 27 2月 2018)
高3の年齢のAさんは、小学校からずっと学校に通っていません。中学も、高校も、です。小3の年齢から「スペースわん」の通信教育で学び、高2の年齢の時に、高認(高等学校卒業程度認定試験)に合格\(^^)/そのAさんが、先日、同志社大学法学部に合格しました〜〓一般入試とセンター試験利用を受けたのですが、センター試験では8割取れたとのこと(^ ^)VAさんは、「スペースわん」以外には、高2の数ヶ月間だけ予備校に通ったのと、大手の通信教育をちょっとやったそうですが、基本は、自分で赤本をや..
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スペースわん通信

生徒さんたちの成長の様子や、

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親御さんの揺れる思い    通信第16号(通算136号)

ここに来るとホッとした

先日、元生徒さんの親御さんから、うれしい言葉を聞きました。

「『スペースわん』に来るとホッとした」

この親御さんとの出会いは、もう15年ほど前。

当時小2と幼児さんのお母さんで、子育て真っ最中。

「らくだメソッド」の開発者平井雷太氏の講演会に参加して下さったことがきっかけで出会い、

まずは小2のお姉ちゃんが入会。

幼児さんだった妹さんは、私の父と母のいる別室でお絵描きなどをしていました。

孫のいない私の両親は、とてもうれしそうに相手をしていました。

その後、妹さんも、小1で入会。

今は、お姉ちゃんは大学を卒業して社会人、妹さんは大学生です。

子どもさんたちが小学生や中学生だった頃、

子育てに関してやはりいろいろと不安があったようです。

同学年の子どもを持つ親御さんとの関係では、

ついつい他の子と自分の子を比較したり、周りからの評価を気にしたり・・・。

それに疲れてしまうことも多々あったようです。

そういう時「ここに来るとホッとした」 とのこと。

比較や評価ではなく、一人ひとりが自分のペースで学ぶ場であることと、

あの頃よく開いていた講座で、普段とは違った視点で子育てを考えることができたことで、

比較や評価によって子どもを追い詰めてしまいそうになる自分に

ブレーキをかけることができたようです。

当時を振り返って、その時の思いを文章にして下さいました。

かなり長文なので、一部省略して紹介しますが、それでも増ページとなりました。

私としては少々気恥ずかしい部分もありますが、

お母さんの思いをできるだけ正確にお伝えするため、

あえてそのまま載せさせていただきます。

 

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子育てと子育ち (スペースわんという空間)

 

私がスペースわんという塾を知ったのは、

家庭や地域の中で息がつまりそうになっている時でした。

今もまだありますが、「たんぽぽ」という喫茶店で、

「教えない教育」という文字を見て、

「教育」という言葉とはまったく逆の発想をしている人がいることを知り、

面白いと思ったのです。

そして、その「教えない教育」を実際に行っている人が河内長野にいると知り、

会ってみたいという好奇心から私は、「スペースわん」を訪れたのです。

あのときの私は、旧態然とした固定観念で固まった、

絶対に正しいと信じられているすべてのものが、

いやでいやでたまりませんでした。

新しい発想、新しい価値観、私に発想の転換をもたらしてくれるものに

触れたくて触れたくてたまらなかったのだと、今思います。

実際に訪れてみた「スペースわん」の空間は、私に、

「ああ、私は私のままでここにいられる」と感じさせたものです。

部屋の周囲は本に囲まれていました。

外に面して大きな戸窓があって、そこからは大きな木が見えます。

その木の下に、川が流れていました。

戸窓から差し込む日差しが温かく、広々とした空間を感じさせたのを覚えてます。

そして、たくさんのプリントがボックスに学年別に並べられてあり、

生徒たちがそれぞれ自分たちで選んでぬき出していったのか、

無造作に引き出されたあとがあちこちにあって、

子どもたちの息遣いが感じられました。

その一つ一つがなぜか懐かしく温かく、

私は自分が受け入れてもらえるような気がしたものです。 

きちんと学ばせたい

私は、自分の経験から、女は学ばなければいけないと思っていました。

男社会の中で女が生き残っていくためには、

絶対に勉強して知識を身に付けさせなければいけないと考えていたのです。

だから、二人の娘には、しっかりとした教育を身に付けさせたかった。

けれど、小さいうちから子どもたちのおしりをたたいて一生懸命勉強させるのはいやでした。

一般の塾に行かせてしまうと、きっと私は教育ママになってしまう。

せめて小学校の間は、のびのびさせてやりたい。

けれど、基礎学力だけは絶対に身に付けさせたい。

「読み書きそろばん」と言いますが、

「リテラシー」を身に付けることは、そのあとの勉強をしていく上で絶対に必要です。

らくだ教材を見て、この教材ならきちんと学べると感じました。

ごまかしやいいかげんな姿勢ではこのプリントはできないだろうと感じたのです。

プリントを通して自分の今の状況を思い知ることは、

一歩隔てて自分という人間を見る目を

子どもたちに養わせることにもなるのではないかとも思いました。

「暴走」する私を止めてほしい

幸い娘たちは自分からやると言い出し、

二人とも中学校3年生まで、かなりの長い期間、お世話になりました。

その間には高校入試がありました。

上の娘は、大学入試の際にまで永田さんにいろいろ相談にのってもらいもしました。

なんとかいい高校にいってほしい、なんとか名の通った大学に行ってほしい、

そうすればきっと女でもバカにされずに生きていける・・・、

恥ずかしい見栄っ張りの親丸出しのさまざまなことを、

永田さんに言っていたように思います。

その一言一言に対して、永田さんの言葉は絶対にブレることはありませんでした。

いつだって必ず子どもの側に立って、子どもの思いを尊重して、

その子が何をしたいのか、その子がどうすれば一番その子らしく生きていけるのか、

そして自分の力でやり抜けるのかどうか、

ということを考えられていたのではないでしょうか。

高校や大学のランクよりももっともっと大事なものがある、

そんなことは私も百も承知だったのです。

けれど世の中そうじゃない。

結局は、いい大学いい会社に行っている人が、社会の中で暮らしやすい、いい思いをする。

私の中にそうした考えがどうしてもあって、

ご近所や職場やあるいは親戚に対して、

自分がいい恰好をしたい、よくできるお子さんだと言ってもらいたい、

自己満足の結果として子供に過剰な要求をしていたのだなあと、

今になってしみじみ思うのです。

あのときスペースわんがあったから、

子どもたちは私から逃れることができたのだろうと思います。

私の中に暴走してしまう私を誰かに止めてほしいという心があったから、

私は中学3年生まで、

他の塾に行かせながらもスペースわんをやめようという気にならなかったのだと思うのです。 

自分を肯定する力

上の娘は、とても優しい繊細な子でした。

高校入試では自分の行きたい高校に行けたのですが、

大学受験は失敗し、行きたい大学には行けず苦しい思いをしました。

けれど彼女は、いやな大学にも、適当に通いながら他に自分の居場所を見つけ、

海外ボランティアやインターンを通して、自分のやりたいことをやり抜きました。

大学受験を失敗させた原因は、私にもあると思っています。

高校のときほどしっかりとした目標を持てなかった彼女に、

あれこれ余計なアドバイスをしたことも、失敗の原因のように思うのです。

ただ彼女は、したたかに自分らしく生きる方法を見つける術を知っていた。

おそらくそれは、スペースわんで身に付けた「自分を肯定する力」ではないかと思います。

他の人と違ってもいい、なかなかプリントが進まなくてもいい、

自分の力で自分なりの方法で進むことに意味がある。

彼女は9年間という長い時間をかけて、自己を認め肯定する力、

そして自分なりにやりぬく力を、知らず知らず身に付けたように思うのです。

彼女が、

小さな頃にちょっと他とは違う塾に通わせてくれたことに感謝している

と言ったことがあります。

つらい時期が終わって就職が決まったあとのことですが、

いろんな人がいる、いてもいいんだと肌で味わうことが小さいながらにできたことは、

自分という人間の幅を広くしたし、

いろんな人の考えを受け入れられ自分を育てることにもなった。

多様な価値観を知らず知らず身に付けていたと話してくれました。 

期待されるのがイヤ

下の娘は、とにかくマイペースな子どもでした。

無理をしない。

人と競争することが嫌い。

自分のことはほっておいてほしいというような子でした。

なぜかピアノが好きで他の子よりうまくなるのが早く、つい私はうれしくなりました。

ピアノの先生も多大な期待を寄せるようになり、

やれコンクールだ、やれグレードだ、ということになりました。

コンクールで賞をとってもてはやされる度、

彼女の元気はなくなって行きました。

その頃は言わなかったのですが、

私に期待されるのが嫌で嫌でたまらなかったそうです。

勉強もそうでした。

私が期待をすると頑張ってくれなくなります。

スペースわんにしてもそうでした。

丸つけは嫌い、無理して早く進まない、進む意味がわからない。

どうしてかと聞くと下をむいて何も言わず石のように黙りこくります。

いやなことは絶対にしてくれませんでした。

水泳もやめ受験のために通った塾も途中で通わなくなりました。

そんな彼女がなぜかスペースわんだけはただ黙って通いました。

彼女にその理由を聞くと「いやにならなかったから」と言います。

そんな彼女が大学受験は自分で行きたいところを見つけ、

自分が必要だと思ったネット配信の予備校の授業を受けさせてくれと私に頼み、

4か月ほど授業を受けた後はただただ自分で勉強し、

見事第一志望の大学に合格しました。

自分のペースを崩させるものは受け付けないという彼女を、

スペースわんは認めてくれていたのだなあと思います。

一般の塾ならこうはいかない。

だから彼女は他の塾をやめたのだと思うのです。 

自分の思いを貫く強さ

娘二人を育てて思うのは、

子育てと言いながら私が子供に成長させてもらったのだなということです。

彼女たちを育てながら、嫌な自分をいっぱい感じましたし、見てきました。

そうした私を、二人の娘は今痛烈に批判します。

私は、私の批判をしっかりとできる娘に育ってくれたことを感謝します。

私は、常に親の前でいい子でいようとする子どもでした。

母に喜んでもらいたいと思っていました。

母の呪縛から解き放たれるということがないままに結婚したように思います。

けれど、二人の娘はおそらくそうはならないでしょう。

自分の思いを貫く強さを、彼女たちは身に付けているように思います。

それは、私が望んだ「自分で生きる力」です。

私は、私のよこしまな思い、自分の虚栄心のために娘を利用しようとするその心に、

歯止めをかけてくれる誰かを無意識に欲していたように思います。

自分を否定し批判し打ち砕いてくれる誰かを欲していた。

実際の自分はそうした旧態然とした中でしか生きられないことを知っているから、

思い切った行動は出来ないのです。

けれど、こうしたがんじがらめの中で生きる女は私の代で終わりにしたい。

娘たちにはこんなふうに生きてほしくない。

そうした自分が望んだのがスペースわんという空間だったのだと思います。

だからこそ私は、そこでほっとできたし、

娘たちをその空間で育ててもらいたいと思ったのでしょう。

私が固定観念を吹き飛ばしたい一心で偶然見つけた塾が、

娘の生き方の礎になったのだと思うと、

なんだかとても面白い。

あのとき「たんぽぽ」でもしあのチラシを手にしなかったら・・・

それでも娘たちは今のようになっていたのでしょうか。

それはわかりませんが・・・。

 

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これを読ませていただいて、

親御さんの揺れる思いをひしひしと感じました。

親御さんとしての正直な気持ち、それを認め受け入れた上で、

ご自分を客観的に分析しておられる・・・。

それができたのは、講座に参加されたり本を読まれたり、

お母さんご自身が常に「学ぼう」とされていたからではないかと思います。

親御さんと一緒に、子どもさんが

「自分を肯定する力」や「自分の思いを貫く強さ」を身につけるお手伝いができたのだとしたら、

こんなにうれしいことはありません。